2011/09/17

演奏会とは何か?

中学や高校の吹奏楽だと、たいていは夏の吹奏楽コンクールには出るのが当たり前で、ほとんどの人はそこに疑問を持たないだろう。冬のアンサンブルコンテストもそれに近いものがある。アマチュアオーケストラを対象としたコンクールはないが、そのかわりに大学のオーケストラはたいてい年に2回演奏会をやるのではないだろうか。なぜ演奏会をするのだろうか。それが毎年やっていることで当たり前だから?ここでは、演奏会をすることの意味について、また演奏会と発表会、コンクールの違いについても検証し、演奏会はどうあるべきか、どういう姿勢で臨むべきかについてまとめてみたいと思う。

演奏会とは観客のために音楽を生で演奏するイベントである。重要なのは「観客のために」であって、演奏者の自己満足のためにではない。大人の音楽団体でも、演奏会の目的が「自分の楽しみでやっているのだから自分が楽しめたらそれで良い」というようなこと、あるいは「一生懸命やったことを本番で試す場」などと正々堂々と発言する人を時々見かける。問題は、この考え方の根底にあるのは前者は「発表会」と同じ発想であり、後者は「コンクール」と同じ発想だからである。社会に出てからもオーケストラなどで音楽を続けていくであろう学生諸君には、いまのうちに「演奏会」の意味と責任を理解し、それを実際の演奏会を通してよく考え実践してほしい。

まず第一に、「お客様第一」であること。大抵の学生オーケストラの演奏会は、一般にチラシを配っているだろう。楽器屋さんなどにチラシを置かしてもらっているだろうし、ポスターも掲示しているだろう。確かにお客さんの大部分は演奏する学生の直接の知り合いだろうが、このように一般大衆向けに広告している以上「演奏会」として「お客様第一」を考え実践しなければならない。

第二に、「音楽が主役」でなければならない。ホールという空間に音楽を作り上げそれを観客にとどけ、一緒に感動する。それが演奏会である。当然のことだが、演奏者が感動していなければ、観客が感動するはずはない。しかし、それが自己満足だけの感動であっては「発表会」の域を出ない。その違いは何だろうか? 誰でも話をしていて、相手に通じているか通じていないかはわかるだろう。自分が面白い、あるいは感動した、あるいは悲しい話や、興奮した経験を話すとき、相手も同じように悲しんでくれるか、興奮してくれているか、わかるだろう。相手が自分の話に共感したとき、その時は「話の内容が主役」になっている状態である。「話し手が主役」ではない。音楽もそれと同じだ。誰か1人のために演奏したことがあるだろうか?自分の思っている気持が相手に伝わっただろうか?簡単なことではないですね?演奏会となると、さらに難しい。お客さんは何百といるのだから。でも一つだけ言えることは、自分しか見えていない、あるいは自分たちのオーケストラの中でしかコミュニケーションをしていない演奏と、観客に何かを伝えようと全員が思って演奏する演奏には、明らかな違いがあるということ。話を聞いてくれる人に話の内容をわかってもらおうという謙虚な姿勢、そして相手の気持を受け止める真摯な態度が必要ということと同じことだ。音楽で気持を伝えようとすること。そして客席でどう思ってくれているのか汲み取って演奏すること。演奏会で音楽を聞いてもらうというのはそういうことだ。

もう少し別の視点から見てみよう。逆に「発表会」とは何か?「発表会」とは自分がいままで練習して来たことを「一生懸命練習して上手になったでしょ?ほら?聞いてよ」と発表する場である。主役は演奏者であって音楽ではない。あるいはお客はいてもいなくてもかまわないかもしれない。「舞台経験」を積むという意味ではお客はいたほうがいいが、それも演奏者主体の考え方だ。音楽が主役ではない。聴く側の人も、自分の子どもや知人が「どれだけうまく舞台で演奏するか」や「他の生徒と比べてうちの子どもはどうなのか」が関心事であって、音楽そのもので感動したい、ということが第一ではないだろう。しかも通常、発表会は演奏者の家族くらいにしか案内状は配られない。

では、コンクールとは何か?少なくとも私が中学高校と関わってきた吹奏楽コンクールでは、音楽の最も重要な部分、人に感動を伝えられるかどうか、ということが審査の対象になっていない。音程があっているか、音が出ているか、揃っているか、楽曲として組み立てられているか、などしか審査の対象になっていない。つまり、こじんまりとしていても上手に演奏するほうが、大胆で音をはずすかもしれないような危険を冒しても何かを表現しようとする演奏よりは評価される。スポーツと同じ感覚だったら吹奏楽コンクールはある意味その役割を果たしている。しかし吹奏楽人口がこれだけいても、一生音楽を続ける人が以外と少ない原因がどこにあるかと言えば、コンクール重視の中高時代の音楽環境に問題があると私は思う。

簡単に3つの比較をまとめると、発表会は「演奏者」が主役であって、演奏者がどういう音楽を演奏しようが、舞台に立つことが目的で、見る人は、舞台に立つ自分の子どもを見ることが目的である。コンクールは、審査員に良い点をもらい勝つことが目的で、言ってみれば審査員以外の観客が音楽で感動したかどうかは関係ない。一方、演奏会は「音楽」が主役でありそれを観客に伝えることが目的でなければならない。

「演奏会」に来る人たちは、音楽そのものに期待してホールに来ているはずだ。もちろん、アマチュアの演奏会には、自分の家族や知り合いだから、という理由で来ている、ある意味「発表会」と同じ状態の観客もいるだろう。しかし通常アマチュアでも演奏会は、不特定多数の人の目にとまるよう、チラシやポスターをあちこちに設置している。それを目にする受け手側からすれば、期待を膨らませて演奏会そのものを楽しみたいと期待して来る。そういう意味で「発表会」とは全く違う。発信する側と受ける側がそろって初めて成り立つのが演奏会だ。その演奏会で、観客の期待を裏切ってしまえば、その観客は次の演奏会にはまず来てくれないだろう。そういう意味で、無料であろうが有料であろうが、「アマチュアだから」という甘えは許されない。演奏が観客に評価されることが、後輩に対する責任であり、自分たちのオーケストラの存在価値そのものを問うていることである。単純に計算すればわかることだが、例えば演奏会で使うホールが1000人収容できるとする。あなたのオーケストラがある地域の中で音楽に興味のある人口が1万人であったとする。1回の演奏会で「このオケはもういい」と思われたら、次の演奏会に来る可能性のある人口は9000人に減っていることになる。そういうことをつづけていれば、だんだんと来てくれる人は少なくなる。ぜひともその逆のポジティブな波に乗ってもらいたい。あなたの演奏を聞いた人が、次に演奏会に来るときには、知人を誘ってくるというようなポジティブな波に。

最後にもう一度。演奏会は「お客様第一」であり音楽が主役の場である。自分が主役ではない。あくまでも音楽を観客と共有し共に感動する場でなければならない。オーケストラ全員がこれを腹でわかっていて実践できればきっといい演奏会になるはず。

追記:こちらの新しい記事ではマーケティングの視点からまとめてみました。

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