2011/08/25

叩きは自由落下ではない


斉藤秀雄の「指揮法教程」は、おそらく日本で最も重要と考えられている指揮の教科書ではないかと思う。小澤征爾氏や秋山和慶氏など、多くの名指揮者を育てた。

私も大学では代々の先輩から「この本で勉強しろ」と言われ、初めの1年はひたすら「叩き」の練習をしたものだ。この叩き、理論的には、腕を自由落下運動させ、打点で瞬間的に跳ね上げる、いわゆる重力による等加速度運動である。



なぜこれが難しいのかというと、「余分な力」が少しでも入っていると、「等加速度運動」にならないから。それと、加速度が重力加速度という定数であれば、振る大きさ(上下振幅)はテンポの関数になるのだが、実際は強弱(f ~ p)を振る大きさ(上下振幅)で示すために、加速度は一定とはならない。加速度が重力加速度とイコールではない場合は、さらに加速するか、ブレーキをかける力が必要となる。しかし教科書的には「力を抜け」ということになる。このあたりが、指揮者を目指す人の最初の壁として立ちはだかるのではないだろうか。

では実際に計算してみよう。まず、重力加速度の場合、テンポ120(Allegro)だと高さ31cm、テンポ80だと69cm、テンポ60(Andante)だと123cmとなってしまう。私の身長ではヘソから肩までが約40cmであり、ヘソから頭のてっぺんまでが約75cmであるから、69cmはf ~ff に見えることになってしまう。ということで、いかに「自由落下」が物理的に正しくないかがわかると思う。ただ、余分な力がほぼ入っていないことの確認には有効だ。この計算から、完璧な自由落下運動の練習方法は、たとえば柱にヘソの高さと、そこから31cm上にマーキングして、その横で、31cmの上下振幅でメトロノーム120にあわせて叩く練習をすれば良いことになる。


次に、実際にはどのくらいの加速度が使えるのか、推測してみた。おそらく最高で20m/s2くらいであろう。ただしこれは、ものすごいアクセントとかsf の拍など、曲の中でもほんの数か所に限るだろう。これは、拍の高さが最大1mとして見積もった。

反対に下限は2~3m/s2くらいではないかと思う。2.45m/s2だとAndante(テンポ60)で31cmとなる。ただし現実にはAndanteで「叩き」をつかうことはあまりなく、曲線的な動きの「しゃくい」が普通になる。

もう一つ重要なポイントは、拍の見え方。本当に拍と拍の間で力が抜けていれば、肩と肘の二か所がピボットとなるのだから、手は真下には落下せず、体幹に寄ってくる。横から見てまっすぐに叩くというのも、実はそれなりに調整しなければならない。また、自由落下させると、肘でまず「拍」が表れ、そのあと一瞬ずれて「手」に拍が表れる。打点が二つずれて見えることになる。叩きをマスターしようと初心者がまじめに練習すればするほど陥りやすい罠とも言える。こういった振り方をすると、指揮者からみて右手側のすぐ近くにいるチェロなどは、肘の動きに敏感に反応し、遠くにいる管楽器などは、手(あるいは指揮棒)の動きに反応し、弦と管のタイミングがずれる原因となる。「自由落下」ではなく、肘から手までを一つの棒として意識し、肘と手先で同時に拍を出すことを意識しないと、この現象は直せない。ただし、肘から手先を棒として感じながら、拍の重みは手先で感じるようになっていないと点が見えなくなってしまう。そこが難しいところでもある。

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