2011/08/26

聞く人のための演奏


最近仕事で、病院や老人ホームなどで臨床試験をする機会が多く、老人の介護を毎日するようになりました。老人ホームなどでは、時々ボランティアの方や、「音楽療法士」の方などが尋ねてこられ、ミニコンサート、音楽に合わせて歌を歌ったり、ゲームをしたり、いろいろと老人の健康のための活動をされています。

本当に心から、聞き手のための選曲、聞き手のための演奏をされていると思います。演奏そのものの上手下手は関係ないのです。曲によっては、涙を流して感動される方もおられます。寝たきりの方、天涯孤独の方、頭はすごく冴えていても体が言うことを聞かず自らの死が近いことを悟っている方などにとって、時に音楽は、心の奥底をゆさぶることができるのです。


そういうのを見ると、本当に演奏する側と聴く側との心が結ばれていると感じる事が出来ます。私がはじめてその場に居合わせた時、自分を振り返って恥ずかしくなりました。自分はこれまで聞く人のための演奏をしたことが無いのではないだろうか。子供の頃から、大人になってからでも、「聞く人のため」と自分に言い聞かせていただけではないだろうか。本心では、単なる「自己表現」「自己実現」だけではなかったか。もちろん音楽を演奏する上で、「自己実現」は大切な要素の一部なのですが。。。私は、介護の仕事を通して、本当に心から人のために役立ちたい、聞く人のための音楽を演奏したい、と思うようになりました。

さて、オーケストラの演奏会となると、様々な人が聞きに来られます。はたして聴衆全員のための演奏はできるでしょうか? 私ならば、これからはこうしようと思います。客席の一番後ろに、自分の音楽を本当に伝えたい相手が座っていると想像し、その人のために演奏するでしょう。例えば、ロミオとジュリエットならば、客席最後列に自分の愛する人とジュリエットを重ねあわせて演奏するでしょう。ベルリオーズも、幻想交響曲は一人の女性のために書いたのです。演奏会をする以上、「自己実現」だけでなく、聞く人のための演奏であって欲しいと思います。

 もう少し言葉を付け加えるなら、聴いてくれる人のために「全てを捧げ尽くす」ことです。聴いてくれる人が良い気分になり、「聴きに来てよかった」と思えるように、それが演奏者としての最終目標であるべきです。決して自分の演奏がうまくいったとか、自分が音楽家として成長したとか、自分の力を出し切っていい演奏ができたとか、そういったことが最終目標であってはいけないと思います。あくまでも聴いてくれる人のために「尽くす」ことです。この点は音楽というものは特殊な分野です。フィギュアスケートならワールドカップ(いわゆるアマチュア)であれば、「自分の力を出し切る」ことが最終目標であっていいのですが、音楽はアマチュアであってもそうはいかない。なぜなら、それは競技ではなく、絶対評価されるものであり、しかも演奏者と聴衆の両者がいてはじめて成り立つものだからです。

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