2016/04/03

天才はいない

「天才バッハ」、「神童モーツァルト」、演奏家なら「天才パガニーニ」などとよく言われるが、はたして天才とはなんであろうか。我々「凡人」は「天才」の域には達し得ないのであろうか。私は以前から、天才は努力の結果であると信じていた。それを証明するレポート[1]を見つけたので、そのキーメッセージを紹介しながら、アマチュア音楽家への適用を検討してみようと思う。

この研究は、チェスのチャンピオンの脳内での情報伝達を研究することにより、チェスだけでなくその他あらゆる分野においても、いかにしてマイスターになれるかの重要な点を明らかにしている。普通のチェス・プレーヤーとチャンピオンの脳内での神経伝達を比べると、チャンピオンの脳は活性化している部分が非常に広く、それだけ膨大な計算や、過去の経験との照合、シミュレーションなどを瞬時に行っていることがわかる。最も重要なことは、経験を積み重ねることにより、計算やシミュレーションしなければならなかったことが、過去のケースと照合することによって、ほとんど無意識に次の一手の選択ができるということである。つまりそれだけデータベースが大きく、またデータへのアクセスのしかたもデータベースとして持っている。「天才」は生まれつきではなく、脳にどれだけの信号伝達経路を構築できているかによるのである。

では、天才とまで呼ばれなくても、脳の信号伝達経路をたくさんつくり、ある分野で名を知られる程度になるためにはどうすればいいのか。それは、「人並みはずれた努力」を最低「10年」継続するということである。

人並みはずれた努力
いくつかのエキスパート理論で実証されているのだが、こういった脳内の信号伝達経路を構築するには、「人並みはずれた努力」が必要であることがわかっている。エリクソンの研究によると、もっとも重要なことは「人並みはずれた努力」、つまり常に自分の技量・能力より常に一つ上を目指すことの継続である。単なる経験、つまりどれだけ長い期間練習・勉強しているかはまったく関係がない。このことは以下の例でよくわかる。たとえば、ゴルフやテニスの初心者は非常に熱心に練習するが、ひとたびコースに出て楽しめるようになったり、仲間と試合でのラリーを楽しめる程度に達すると、ほとんどの人はそこでリラックスしてしまい、努力をやめてしまう。車の免許を取れればそれ以上に運転技量を磨こうという人はまずいない。10年以上車を運転していても、初心者のころと比べて運転技量はほとんどかわらないはずである。こうなるとそれ以上の上達はありえない。これに対し、いわゆるエキスパートやマイスターは、自らの心の扉を常に開けていて、常に自分の技量や結果を同じ分野のトップと比較観察し、自らを批評し、常に改善に対する努力をしているのである。

10年
ただ、サイモンの心理学の10年原則が示すように、ある分野でのマイスターになるには、約10年間ものすごい量の勉強や練習が不可欠である。「人並みはずれた努力」も1年や2年の短期間ではまったく意味がない。これは、大学受験で猛勉強をしても、大学に入りそして就職できてリラックスし、その「人並みはずれた努力」をやめてしまえば「人並み」で一生を終わる。また、これは子供の才能を開花させることにもあてはまり、神童と呼ばれる数学におけるガウス、音楽におけるモーツァルト、チェスにおけるボビー・フィッシャーなどは実際、幼少のころから長期間にわたり人並みはずれた量の練習や勉強を行った結果である。伝記にも記されているように、モーツァルトはとにかく幼少のころからヴァイオリンやクラヴィーアを触るのが好きで、父親や父親の音楽仲間の奏でる音楽に異常なほどの興味をもち、知らず知らずのうちに「練習」になっていた。またモーツァルトは普通の子供が興味を示す玩具や遊びにはまったく無関心でもあった。そして父親の音楽教育も熱心で厳しかった。最近の研究で、モーチベーションが素質よりもずっと重要であることもわかってきた。

音楽やスポーツの指導にあたる人たちは、才能があるかないかが重要で、才能を持った子供を見ればすぐにわかると言うが、これは生まれつき才能を持った人とそうでない人がいるという思い込みでしかないことがわかっている。普通は一度演奏を聴いただけで、その人の素質によるものなのか長年のスズキメソッドによる努力の結果なのか知る方法はない。

また、大人になってから音楽を始めたから、子供のころからやっていた人と比べると絶対に損、というのも脳神経学的に否定されている。これも、大人は子供ほど一つのことに没頭できない、時間がない、つまり「人並みはずれた努力」を「10年」もの間継続することができないから、ということで説明できる。つまり、子供のころのように没頭し努力すれば大人でも上達できるのである。アルバート・アインシュタインやカール・ベームがそれを実証している。

[1] Philip E. Ross, The Expert Mind, Scientific American Aug. 2006, p46-53

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