2012/05/20

このサイトについて

20年余りのオーケストラ指揮者としての経験から得た哲学、音楽観、大学オーケストラと学生指揮者の後輩達の指導を通して得た指揮の技術、指導法、リーダーシップ論、楽器・音楽上達の秘訣など、そして海外赴任で得た「外から日本を見る」経験から、クラシックを演奏する上で日本人として知っておかなければならない文化的側面についてわかりやすく解説している。

2012/05/19

創造するということ

音楽を演奏するということは、創造するということである。創造とは自らの力で、無から何かを作ることである。しかし、創造せずとも音楽は演奏できてしまうところに、大きな落とし穴がある。そういった例としては、自ら考えずに先生や上手な人から教えられたとおりの弾き方・吹き方で演奏すること。自ら考えずに「楽譜に書いてあるから」と、その通りに演奏すること。あるいは誰々指揮のCDではここのスラーをどうしていた、とかテンポがどうだったとか、そのまま考えずに真似すること、などがあげられる。

重要な点はすでに明白であろうが、それは「自ら考える」ということである。演奏会をするにあたって、いつ、どこで、何の曲を、誰のために演奏するのかを自ら考え、企画すること。どうしたら上手になれるのか、いい音楽にできるのかを自ら考え、試行錯誤の練習を積み重ねること。一つ一つの旋律、伴奏、そして一つ一つの音符で、自分は何を表現したいのか、何を伝えたいのか、訴えかけたいのか、自ら考えること。これらの一つでも欠けていれば、音を通して観客に自らの気持ちを伝えることは不可能であるし、観客に対して失礼である。なぜなら下手なアマチュアの演奏を聞くより、家でCDを聞いていたほうがましだからだ。

最初にあげた悪い例について、真似をすることそのものをいけないと言っているのではない。人から与えられた解決方法を自分なりに解釈し、自分のものにし、自らの欲求から行い「真似」することはむしろ良いことで、上達への早道でもある。もちろん、ここでいう「自分のものにしてからの真似」はもはや真似ではなく、創造と呼ぶべき領域に入っている。自分のやっていることがただの真似でないか、創造しているか、自分の心に問いかけなければならない。

科学的に楽器を理解する


楽器が鳴る原理を物理現象としてとらえ、物体の振動をミクロにとらえ、振動源と人間の耳との関係を科学的に理解することは、楽器を上達するうえで大きく役に立ちます。人の耳に音が聞こえるのは、空気が振動し、その振動が鼓膜に伝わるからです。楽器は空気の振動を制御する発振器と言うことができます。ではその楽器の振動のメカニズムを考えてみましょう。

フルート
フルートには他の楽器のような振動源となる物体はありません。リッププレートのエッジに向かって制御された空気の流れをぶつけることによって、川にかかる橋の橋脚の下流にできるのと同じカルマン渦をつくることによって、その渦による振動エネルギーが音源となります。つまり理論的には息は楽器の中と外へ半々となります。この渦のまきかた、つまり振動数は流速、流量で変化します。

音程はトーンホールを開閉することで決定しますが、その原理をみてみると、基本的には唄口から一番近いトーンホールとの間で、両端を腹とした半波長の正弦波として共鳴します。ですから、息でコントロールする渦の振動数は、この共鳴周波数と一致しなければなりません。

音程が1オクターブあがると、振動数は2倍になります。12平均律では半音あがることは振動数が2の12乗根倍大きくなることをあらわします。フルートの唄口から最も近いトーンホールまでの距離を測ってみると、全音で2の6乗根倍の長さになっています。全閉のCの時の管の長さとくらべて、中音のCの管の長さは約半分です。

さて、フルートを響かせるとはどういうことでしょうか。始めに述べたように息は楽器の外と中へ分かれて流れます。しかし、共鳴振動数で振動するのは楽器の中だけです。つまり楽器の中でできるだけ振幅の大きな振動をつくらなければなりません。それには楽器の中へ運動エネルギーを与えてやらなければなりません。

もう一つ、正しい音程で吹くことが楽器を響かす上で最も大切だという事実は、物理的にどう説明できるでしょうか。正しい音程で吹くということは、唄口とトーンホールに波の腹がぴったりと一致するということです。つまり唄口とトーンホールの両方で大きく振動しており、それが楽器の外部の空気へ最も効率よく伝わるのです。音程がはずれていると、いくら強く吹いても響かないのです。

あと共鳴という点では、管体そのものも振動します。しかし管体の振動がどれだけ音に影響しているかというのを物理的に説明するのは難しいことです。しかし、金、銀、木製で音が全く違うということからも、振動にはかなりの影響があるということです。しかし共鳴で最も重要な部位は自分自身の体です。つまり口腔、鼻腔、喉の中の気柱などを共鳴体として使えるように練習しましょう。

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弦楽器
まずはピッチカート。これは簡単ですね。弦をはじくと、弦の長さを半波長とした正弦波が生まれます。

ボーイングの場合はかなり複雑です。弓の毛の表面のザラザラと松脂とでもって弦を振幅方向に引っ張っているわけです。弦は当然ピッチカートのときのように自然位置に戻ろうとしますが、連続的に引っかけているので、弦が単振動しようとするのを弓自体が妨害しているわけです。ゆえに、弓を寝かせたり小さい音で弓を速く動かしたりすると、倍音成分の少ない、より単振動に近い、柔らかい音が出ます。

詳しくはこちら、"The Control Variables in Bowing Action of Violin to Produce Desired Dynamics and Tone"を参照ください。

では、「楽器を響かす」とはどういうことでしょうか。弦の振動は直接空気にも伝わりますが、エネルギーとしてはごくわずかです。弦の振動は駒に伝わり、そして表板、側板、こんちゅう、裏板、そしてボディーのあらゆるところから内部の空気に伝わります。内部の空気の振動がボディーと共振することにより大きなエネルギーとなって外の空気に伝わっていきます。「楽器を響かす」にはこの楽器の共振を邪魔しないことと、共振しやすく楽器をならすのと二つのアプローチがあるのではないでしょうか?わたしは弦楽器奏者ではないので、このへんにしておきます。

。。。。つづく

チューナーは両刃の剣 - 理論編


私の大学時代の先輩がコンマスであった頃の名言で「Aはどこにでも転がっている」というのがある。当時大学1年であったのであまり意味はわからなかったが、ある意味的を得ている。ここでは、その検証をしてみる。つまり基準音A=442Hzがどれほど一つの曲の中で動いているものなのか、物理学の面から検証してみた。

まず、オーケストラのチューニングはA音を基準に、弦楽器は完全5度(コントラバスは完全4度)調弦をする。完全5度調弦は、E<--A-->D-->G-->Cであり、完全4度調弦は、G<--D<--A-->Eである。 第1の疑問は、開放弦はどれくらい12平均律から乖離しているかということ。完全5度の周波数比は2:3、完全4度は3:4であるから、セント単位で表すと以下のようになる。(1セントは12平均律の半音の1/100)

E +2
A 基準
D -2
G -4
C -6

ということは、チェロやビオラのC弦解放が出てくる曲はチューナーを頼っていたらかなりずれていることになる。例えば、ベートーヴェンの運命の第4楽章がそれにあたる。この曲はC-Durである。冒頭の和音で2ndVnにはG弦解放、Va、VcにC線解放があるから、必然的にそこが基準になる。つまりそのC-Durの基準はA=442で合わせた12平均律からは6セント低い。

意識の分散と集中


オーケストラの中で楽器を弾くには、意識の分散と集中の絶妙なバランスが必要だ。集中はもちろん音楽に集中することで、誰でもできる簡単なことなのだが、意識の分散はある程度の経験とコツをつかむ必要があるのではないかと最近思ってきた。

演奏中は視覚と聴覚を最大限に使っている。でも動物の五感のうちの残り二つ、嗅覚も使うだろうし触覚も使っていると思う。つまりオーケストラの中に広がる興奮の匂いや、静寂感、熱さなど音楽的表現に伴う体の変化からくる匂い(ホルモン系物質の蒸散による)は、アンサンブルする上でお互いに影響しあうという意味で大事な要素である。また人間は耳だけで音を聞いているわけではない。肌の振動から骨伝導によって聞こえてくる部分も、低音は特に顕著である。よって、「全身を研ぎ澄まし」て演奏することが大事なのだ。

これは車の運転と似たものがある。車を運転するときは、エンジン音で車の調子やスピード、いま何速のギアに入っているかなど感覚的につかんでいるし、自分の体よりはるかに大きな物体のサイズを感覚的につかんで動かしている。眼は前方だけでなく、左右や3つのミラーを頻繁に見ている。レーシングドライバーの中島氏が言っていたが、ミラーと前方は注視しないのだそうだ。なんとなくぼやっとミラーも含めた全体を見ているのだそうだ。つまり意識を分散して、同時に多数の情報を取り込み脳で処理している。確かに、事故を起こしやすいタイプの人は視覚を前方なら前方、ミラーならミラーにしかもっていくことができない。そういう人の車に乗せてもらうとひやひやする。

ではオーケストラで弾くには具体的に何が大切なのか。特に視覚と聴覚について整理してみたいと思う。

踊りと指揮



私は、リズム感というものは、遺伝的に受け継がれるのか環境で左右されるのかはわかりませんが、2-3才ころまでにある程度かたまってくるものだと思います。これは自分の子供と、友人のアメリカ人の子供、アフリカのセネガルの子供と比べて、思うのです。歌を歌うと、日本人はどうしてもリズムに強弱のない、いわゆる1拍子になりますが、アメリカの子供とアフリカの子供には強弱の伴った2拍子や4拍子の原形が感じられます。これには日本人の大人の音楽愛好家が練習してもなかなか真似の出来ない、「「これぞジャズの原形」みたいなビートが感じられます。

日本のブラスバンドやオーケストラでアメリカ音楽を演奏すると、たいてい、「ん?なんかちがうぞ」となります。音符にはあらわれない微妙なスイングを日本人は知らないのです。血となり肉となっていないのです。外国人の歌う演歌や、外国人の踊る盆踊りがどうもポップス調であるのと同じことです。

これに対して、ベートーヴェンなどの古典派以降のヨーロッパ音楽は、皆さんよく知っているので、知ったつもりになっていますが、実のところその元となっているルネッサンス時代やもっともっと昔の民族音楽、さらにもっと昔にさかのぼって狩猟生活時代の彼らの走りかた、馬をどう駆っていたかなどが想像できないと、ベートーヴェンやその他の名曲もその神髄をとらえることはできません。

私はここで、ダンスをすることをお勧めします。まずは簡単なダンス音楽ですね。ポップスでもロックンロールでもかまいません。それから、ワルツ、タンゴ、メヌエット、などなど。。。自分なりに体を動かしてみましょう。ステップを踏んでみましょう。なにも上手に踊ろうと思わなくていいです。リズムの強弱を体で感じられるように、そして微妙な拍の「ゆらぎ」を感じられるようになれば、かなりなものです。そして映画やNHKの「名曲アルバム」などで本当の民族舞踊を見てみたらいいと思います。

洋の東西を問わず、音楽と踊りは密接な関係をもっています。

指揮は踊りの究極の姿とも言えるでしょう。

指揮棒(番外編)



私の指揮棒コレクションには、いまだ一度も舞台で日の目を見たことの無い棒がある。それは、私が大学3年生でドヴォルザークの交響曲第7番をやっていたとき、冗談で、光る指揮棒があったら、アンコールで舞台を暗くして光る指揮棒で振ったらどうかという話を当時のコンサートマスターY氏としました。そして犠牲にしても良い指揮棒を彼に託しました。そうしたら数日後なんとY氏が作ってきたのです。赤いLEDを指揮棒の先に接着し、細いエナメル線を巻きつけ、コルクの柄に穴を開け、釣りの浮に使う小型電池と抵抗が装着されていました。スイッチは抵抗の先についているリング状の金具を電池に直接差し込むというものですが、実際に光ります。

この当時、ドボ7のアンコールに予定していたエルガーの愛の挨拶で、実際この棒を使ったら、誰か気づくだろうか、とまじめに使うことを予定していました(ただし舞台を暗くするつもりはなかったです)。本番当日、この指揮棒を舞台袖のデスクに置いておくところまでは、やったのですが、本番の興奮で、アンコールに出て行くときにはすっかり忘れていました。残念!

楽譜とイメージと技術


音楽を演奏するということは、楽譜という単なる記号の集まり(「楽譜とは」参照)から、聞く人の心に訴えかける「言葉」というか「メッセージ」として伝えるということである。ここでは、そのプロセスにおいて、私が心がけていることを紹介しよう。アナリーゼのやり方などはたくさんの書籍があるので、そちらを参照されたし。

楽譜を読むとき、最初からピアノなどの楽器に頼らず、まず譜面から読み取った音を頭の中で鳴らすこと。これができなければ、実際に指揮をしているときに、正しい音(欲しい音)と実際に聞こえてくる音との違いを聞き分けることはできない。

また、楽譜を読みながら、曲想などを考え組み立てていくときには、手や体を動かさずに、あくまでも頭の中だけでイメージを膨らませること。そしてそのイメージが漠然としていないか、具体的にどの音をどうすべきかを分析できているか、よく考えてみること。漠然としている場合は、何度も曲全体から細部に向かって、あるいは細部から全体へとイメージし、具体的にどの音をどうすべきなのか、オーケストラに指示を出せるレベルまで、頭の中で具体化すること。

ここまでは指揮をせずに、頭の中だけで音楽を考えてきた。なぜ、これまで指揮をせずに考えてきたか。それは、指揮をしながら考えることによって、作れるイメージが指揮(手・腕)の技術の範囲に限定されていしまうからである。手を動かさずに、頭の中だけで考えることによって、自分の指揮の技術では表現できない、もっと高度な表現を含んだ音楽がイメージできるのである。

そして次の段階で、頭の中で具体化した音楽を、いかに指揮という動作で伝えていくことができるか、研究する段階となるのである。

ここで紹介した例は指揮者としてスコアからオーケストラ音楽をつくりあげるプロセスであるが、奏者にとってもまったく同じである。

指揮の技術

斎藤秀雄先生をはじめいろいろな教科書がありますが、ここでは私個人が大切にしている指揮の技術的ポイントをあげてみます。この項は自分自身で経験を重ねてさらに追加改定していこうと思います。なお、私が個人的におすすめする指揮法の教科書は、Max Rudolf and Michael Stern, "The Grammer of Conducting: A Comprehensive Guide to Baton Technique and Interpretation"です。


ブレス
ダイナミックス
重い棒
鋭い棒
最大の山場
重心
左手
顔の表情


ダイナミックス
ダイナミックス、つまり音の強弱とは大小ではありません。ですから、単純にfを大きく振ったりpを小さく振ったりするのは正しくありません。fは強く、pは弱く振らなければなりません。具体的にはfにもいろいろあるため、一概には言えませんが、fはやはり体のどこかに力をいれなければなりません。時に下半身を踏ん張り、時に打点でこぶし(指揮棒)を握り締め、また時には打点のあとの上昇中に腕に力を入れたり、またある時には、目が充血し一気に汗がふきでるくらいにまで全身に力をこめることもあります。反対に、pはできるだけ力を抜いて、腕を空中でささえる必要最低限の力だけで振るようにします。しかしもっと大切なことは心の中の状態で、赤ちゃんを寝かせるつもりで自分自身が心を落ち着け、リラックスしなければなりません。いずれにせよ大切なことは、自分が楽器を演奏する時にどうするかです。ただし、自分の楽器の基礎が一人前でなければなりません。

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重い棒
スピードでコントロールするには、自然落下させて、点で瞬間的に止めます。さらには、ひじを横にはるとか、上半身全体で表現するとか、いろいろと方法はあります。打点で指揮棒を瞬間的にぎゅっと強く握るのも一つの方法です。

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鋭い棒
グラスファイバーの指揮棒なら、しなって風切り音がするくらいのスピードで振り下ろし、鋭い点が出せるように練習しましょう。このとき使う筋肉は、いわゆるたたきの筋肉だけです。

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最大の山場
ゆっくりのテンポでの最大の山場(交響曲全体で唯一、使いすぎないように注意!)では、指揮棒を両手でぎゅっと握り、頭の後ろまで振りかぶって、そこからおへその一まで振り下ろします。この時には、顔の表情も、口を「あぎょう」(大仏さんの門の左右にいる「あ」と「うん」の口をしている鬼みたいなやつの「あ」のほう)のようにかっと開き、眉毛も吊り上げます。その状態では数秒で顔が真っ赤になるくらいにエネルギーを放出します。剣道ではないけれど、声が出てしまってもいいでしょう。ほら、びっくりするような大音量が出るでしょう!?

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重心
指揮台に立っているときは常に、自分の体の重心を低く保つようにします。いわゆる「腰を落とす」ということです。これはスポーツと同じ理屈で、重心を下げる、つまり物理的には下半身でしっかりと上体をささえることによって、上半身の余分な力が抜け、腕をきれいに動かすことができるということです。椅子に腰掛けての指揮では、腰を落とすのはさらに難しくなります。従って技術的に未熟な指揮者は椅子に腰掛けての指揮は不可能です。「えらそうに見えるからやめろ」ではありません。

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左手
左手を常に右手と同じように振っていると、奏者は左手を無意識のうちに無視しています。そこでいざ左手で何かを表現しようとしても、誰も気づいてくれません。絶対にやってはいけません。著名なプロでも左右同じように振る人もいますが、本当の大指揮者は、やはり左手に専門性を持たせています。

使っていない左手は肘を軽く曲げ、左の腹の前くらいに自然にあるようにします。常に「気を付け」のように腕を真っ直ぐにしたり、お腹の上に置いたりするのはよくありません。

次に左手のテクニックを上げてみます。あくまでも方法論の例だけを出します。実際にどうするかは、どういう音楽にしたいか、するべきか、によります。

Cressendo
手のひらを上に向けて、ゆっくりと上昇させる。指を若干曲げめにするとか、ぴんと伸ばすとか、いろいろあり。握りこぶしをだんだんと強く握り締めながらでもいい。腕を伸ばしながらとか、腕を曲げながら手を先端にして持ち上げて行くとか、いろいろあり。クライマックスの金管とティンパニのクレッシェンドなんかは、少しあごをひいて上目ずかいで奏者を見ながら人差し指を突き出して持ち上げて行くのも効果的。
Diminuendo
指を軽く曲げ、手のひらを自分の顔へ向け、顔の高さから胸へ当てるように下げて行く。または、手のひらを下向けにし下げて行く。手のひらをオケの方へ向けると、もっとdimを強要するような感じになるので、これは下げて欲しいだけ下げてくれない場合だけ使うようにしましょう。肩をすくめながら両手を真ん中に合わせて行くのも方法。
Dolce
女性の手をとり甲に口付けするような感じ。指をやわらかく曲げ、手のひらを自分の方へ向けます。脇は軽くしめます。メロディーラインにあわせて、山ではその手を自分の口元に近づけてもいい。目の高さくらいまで上げすぎると、官能的になるので、使うケースは限られます(dolce espressivoなど)。心臓の位置へもってきて指を軽く握るのも効果的です。
Sotto voce
最も分かりやすいのは、「シーッ」とするのと同じく、人差し指を立てて口にあてる。しかしこれは強制力が強いのであまり多用すると、指揮を良く見ている奏者がいやがります。両肩をすくめ両手を真ん中に近づけ、左手の手のひらを若干オーケストラの方にに見せながら下を向ける。気持ちは「こそこそ内緒話」のつもりで。
Espressivo
これといった型はないと思っていいでしょう。曲によって、また人によって、多種多様なやりかたがあります。一つだけ言えるのは、自分の心の中にある表現したい内容を、大きなキャンバスに描くつもりで、両手に限らず全身、全精神を使います。右手は、Max Rudolfの"The Grammer of Conducting"のChapter 3にあるExpressive-Legato Patternをマスターしなければなりません。それに対する左手は、あくまでも右手からは独立した、独自の動きが必要です。左右全く違うということによって、よりダイナミックなespressivoとなります。
Vibrato
あくまでもespressivoのなかでのほんとの山場で、もっとヴィヴラートをかけた歌い方をしてほちい場合だけですが、左手首をヴァイオリン奏者のように返し、ヴァイオリン奏者がヴィヴラートをかけるのと全く同じ動作をします。ただしはっきりと奏者に見えるように、かなり大きく揺らします。
Subito piano
fp
Leggero
Energico
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顔の表情
技術的に未熟なアマチュア指揮者にとって顔の表情は、バトンテクニックを助ける大きな武器です。ぜひ活用すべきと思います。ただし、わざと表情をつくっているようではだめです。心の底から音楽に没頭し、その結果が表情にあらわれるべきものです。具体例を上げてみましょう。ただし、これはあくまで私の独断的解釈に基づいていますので、そのまま真似しないほうがいいです。

ベートーヴェン交響曲第9番の3楽章冒頭
これほど純粋で神聖な響きがほかにあるでしょうか。初めの2小節で「ほら、天から神が私達を見てくれていますよ。」ということを感じ、顔だけでなく全身で表現しましょう。オーケストラの最上段の少し上の空間の無限遠を見つめるように。はじまりのブレスは深く安らぎを求めるブレスです。右手は、毎裏拍から入る管楽器が「合わせよう」としなくても自然に入れるようにインテンポでガイドしてあげて下さい。
ブラームス交響曲第4番の1楽章冒頭
人生を春夏秋冬に例えるなら、この曲の出だしは冷たい木枯らしが吹き始める秋の終わりです。ただ「私はまだまだ若いぞ!」と思い直すのが4小節めから5小節めにかけて、そして「やっぱりもう冬かな」とあきらめるのが、5小節めから6小節め。自分が60歳くらいだと思い込むことが大切。そしていろいろな人生の出来事をアルバムのページをめくるつもりで。こういった背景を表現できるのは、顔です。この曲に関しては全楽章にわたって、まだまだ私なりの解釈があるのですが、ここまでにしておきます。右手はきちんと、はじめから八分音符をテンポで弾かせることと、管楽器の裏打ちをメロディーにからめるように、右手だけで見せられるようにしなければなりません。
チャイコフスキーのロメオとジュリエットの「愛のテーマ」
言うまでもなく、「不滅の愛」と「純粋さ」を表現しなければなりません。1回目の212小節めからは「ベランダ越しの愛の語らいと口付け」です。キスはxxx小節目です(ないしょ)。2回目の389小節めからは、本当に2人が結ばれる場面。2人がオルガスムスに達するのは何小節めでしょう?そこまで考えて表現しましょう。言うまでもなく、こういった表現は顔の表情だけではなく、左手のジェスチャー、姿勢、振りの大きさなど様々な要素が必要です。

2012/05/13

Author Toshi Iwata


Currently: Freelance flutist, member of Orchestra Chimica
Occupation: Scientist working for Beauty Care Products Development
Hobby: Classical music, cycling, running, having beer with friends
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Biography

Mr. Iwata was born and grown up in Japan, learned electric organ and piano since 4 years old from Ms. Junko Daiju. He played euphonium, trombone and bass tuba in high school wind concert bands as well as conducted the bands. In Osaka Prefecture University, while studying biochemistry, he took leadership in collage orchestra as a conductor and a flutist while studied conducting under Mr. Nobuyuki Ando and flute under Mr. Yutaka Iijima, both the members of Osaka Philharmonic Orchestra. In 1990, he was appointed to be the principal flutist in The 5th Symphony Youth Orchestra directed by Maestro Ken Takaseki, a major achievement after 3 years from switching to flute from bass tuba. After graduating the university, he took trainer's role for the orchestra for about 10 years, teaching the orchestra and young conductors. While teaching orchestra and conducting, he was the flutist and the assistant conductor for Maestro Masataka Kohno in Yamanami Grüne Orchestra in Kyoto (1992-1993), a flutist in Brazosport Symphony Orchestra in Texas, USA (1993-1994), a flutist in Niihama City Wind Orchestra (1995-1996), after returning to Osaka/Kobe area, he joined Sakai Philharmonic Orchestra as a flutist where he was appointed to be the assistant conductor as well. In year 2000 in Cincinnati, USA, he joined Cincinnati Civic Orchestra as a flutist. Returning to Kobe, he joined Miki Chamber Orchestra with hope to enjoy his flute, but was appointed as the music director where he helped to grow the orchestra for next 10 years. Besides this role, Mr. Iwata was chosen to be the conductor of Orchestra Chimica to perform the first concert after the Annual Symposium of Japanese Chemical Society. Since then he conducted this orchestra 3 times. In 2009, he was appointed as the chairman of the board of non-profit organization Greater Seishin Music Network. He resigned both the music director of Miki Chamber Orchestra and the Chairman of Greater Seishin Music Network in preparation to move to Singapore.

List of works conducted
Miki Chamber Orchestra
Other orchestras

著者 岩田俊之


フルート奏者
化学オーケストラ・メンバー
本業:化学系メーカー研究開発員
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岩田氏の指揮の特徴は、鋭い審美眼と、それとは対照的な、しなやかな手の動きにあります。繊細な感性によって、まるで糸を紡ぎ出すかのように、オーケストラから次々と音色を引き出していきます。その凛とした、気品のある姿勢は、演奏者と観客を大いに魅了します。そしてその背後には、音楽への真摯な態度と音楽家たちへの深い愛情があることも忘れてはなりません。彼は、音楽そのものに対して非常に誠実ですが、それと同時にアマチュア演奏者の音楽的成長を心から願う、教育的な見地に立って指揮を振ります。音楽を愛する心を何よりも大切にし、その心を分かち合うことを最高の喜びだと思っているのです。ところで、彼の本業はエンジニア。なぜエンジニアが指揮者を?と思われるかもしれませんが、その理知的かつ科学的な態度からして、まさにルネサンス期の音楽家なのだと思えば納得がいくでしょう。(かつて芸術と科学は一体だったのです!)科学者らしいあくなき探究心と向上心、妥協をゆるさないその姿は、自らのHP「学生オーケストラへの提言」に垣間見ることができます。三木室内管弦楽団のみならず、多くのアマチュア・オーケストラの演奏者や指揮者の支持を集めています。 (by A.N.)

ブレス

いわゆるアウフタクト、つまり予備拍は指揮者の最も大切な役目です。予備拍で「音楽を見せる」こと。しかしアマチュアの指揮者の多くは、これができていない。それは予備拍を「見せる」ことばかりにとらわれていて、音楽にあったブレスができていないからです。

腕をどう動かすか、どう見せるか、ではなく、自分が体で音楽をどう感じて歌うか、が先にこなければいけません。自分が歌う。そして体全体で表現する。そして手が自然に動く。これが指揮の基本です。

ブレスはテンポや強弱、曲の表情によって異なる。オーケストラ全体に伝えるつもりでブレスをすれば自然に頭、顔、わずかでも体は動きます。この動きだけで指揮者として十分なのです。これを分かりやすく腕(指揮棒)で拡大するだけです。つまりブレスが自然であり、腕が無理無く動くということが基本です。

Valery Gergiev Conducting Masterclassのビデオをぜひ参照されたし。ここでのGergievが言っているポイントは、「奏者には目で合図せよ」ということですが、彼の見本は目と頭の動きだけで指揮をする、つまり小さいブレスで指揮をしているということです。


指揮をするということは、呼吸をすること、つまり音楽そのもの(全パート)を声を出さずに歌うことです。そして呼吸にあわせて手や体が動き、発汗量や顔の表情に変化が生まれるのです。おそらく、心拍数や血圧も、曲の表情にあわせて変化しているはずです。

もちろん、指揮の動作の基本や決まり事はありますが、音楽そのものを体のどこかで表現するという発想、姿勢がなければ、いくらバトンテクニックが上手くても、オーケストラには何も伝わらないし、そこから音楽は生まれません。